第三十三回「TOGA」
生方一家の夕食。いつもながら友美さんの料理は美味かった。今日は幹人の叔母の岬も食べに来た。本日の話題は午後に訪れた道家さんと言う不思議なお客さんの事だった。 「お父さん、確か最初に間の者は『(奥間だけ)一種類だけ現代まで生きのびとってん』とか言うとったよなあ」幹人が茶わんを持ちながら薮睨みで父親を見ると「そんな事言うたって俺かって知らんかってんからしょう無いやんけ」と繁はしれっと答えた。 「って事はあの裕子ちゃんも間(アイ)なんかぁ」幹人は裕子の顔を思い出して ちょっと顔がにやけた。「あのねー、ちーちゃんねーいぬのおねーちゃんとさいちゃんにいっぱいっぱいあそんでもらったのー」と、ちひろが元気良く言った。 「いやー、あの緊迫した時の友美お義姉さんカッコよかったなあ」 「いや、その…」 岬の冷やかしに友美さんは照れていた。そして間髪いれずに繁が言った。 「それにしてもあの沙居って子がロボットとはなあ」 「あら繁さん、沙居さんはロボットと言うよりは式神に近いって言ってらしたじゃないですか」 「ロボットと、どうちゃうねん?」 「…さあ?」 「さいちゃんって裕子おねえちゃんよりとしうえなんかなー?」 「だからちひろ、沙居って子はロボットやねんて」 「そしたらおとーさん、さいちゃん目からビーム出るん?」 「俺が知るか」 「だから繁さん、沙居さんはロボットじゃないんですってばー」 そんな事を言ってる中、 がっと岬が幹人の足を蹴ってきた。 「幹」 「なんやの叔母さん?」幹人は味噌汁を吹き出しそうになりながら顔を寄せてくる岬に答えた。 「その子、裕子ちゃんってそんなに可愛いかったん?」 「ま、まあ」 そして何故か幹人は自分でも無意識のうちに先程からずーっと黙ったまま黙々と食べているみずきの方を見た。 「まあ、幹、がんばりやぁ、人生最大のチャンスかもしれへんでえ」 「縁起でも無いこと言わんといてくれ。それより自分の心配しーな叔母さん」 「おっ、そう切り返して来るか。幹に心配してもらわんでも私はボーイフレンドは多い方やからね」 「ほんまかいな」 「で、」 繁が顔を上げた。「さっき電話あってんけど、今週末に道家さんとこから招待を受けたんやけど、とりあえず行ってみるか」 「わーい」「わーい」ちひろと幹人がが箸を持ったまま万歳した。 「おにーちゃん、ちーちゃんのまねしてるよ」ちひろが友美さんに笑いながら報告した。 「ごちそうさま」 会話に加わらず、すっかり食べ終えたみずきが立ち上がった。食器を持って流に持ってい行き、皿を洗う「じゃ、とあたしお風呂入ってくる」と言い残した後、 食堂から出ていった。 「ちょっとみずき…」 友美さんが続きの言葉を言おうとするのを繁が手で止めた。そして繁と岬が同時に幹人の方を見た。 「なんか色々あったみたいやね、あの子。幹、ちょっと来なさい」 繁に目くばせした岬は立ち上がると、まだ食べ続けていた幹人をリビングまで引っ張って行った。 「岬さんどうしたの?」 友美さんは不思議そうに繁るに訊ねた。繁は頭を掻きながら、 「女の子の扱い方でもレクチャーするんとちゃう?」 と答えた。 「幹人さんとみずき、またケンカしたのかしら」 「いや…、大丈夫やって…」 繁は意味有りげに笑い、そしてタバコに火をつけた。 「な、なんやねん、叔母さん」 岬は幹人をソファに座らせると話し始めた。 「あんな、幹、ちょっと話しとかなあかん事があるねんけど…」 「何?話って」 「単刀直入に言うけど生方にはある能力があるねん」 「ええ〜?と言うことは叔母さん、ひょっとして俺らにもあの子らみたいに特殊な超涼力(誤字)があんのかいな?」 超能力、ああ、なんと心踊る言葉か。空想好きの幹人にとって小さい頃から憧れた言葉、正義の超能力を使って悪人をなぎ倒すのだ。サイコキネシスに透視能力に空飛ぶ力を使うとき、生方幹人の瞳は燃える〜♪ 「悪いけどそんな都合のええもんやないよ、幹、マンガの見すぎ」 がっくり。 「ほんならどんな力やのん?」 岬は少し言いにくそうに奥の台所にいる友美さん達を見ると小声で言った。 「あの子らには友美義姉さんにも言うたらあかんよ」 「うん」 岬は深呼吸するとゆっくりと語り出した。 「間の力を無効化する力、平たく言えばあの子らの間(アイ)の者達の気持ちを感じてしまうと言う事やね」 「気持ち?」 無効化と気持ちとがどう違うのか幹人には分からない。 「そうやね、何を考えてるかって言う、読心術まではいかへんけど、あの子らの楽しい気持ち悲しい気持ち嬉しい気持ちをこっちが知りたく無くても無条件で感じてしまうんや、生方の人間はね。それが強いて言えば生方の、唯間の力やねん」 「それってどう言う・・・?」 「幹、みずきちゃんの回し蹴り避けたらしいやん?」 「うん、なんとなく」 「普通の人間やったら奥間の者の攻撃はまず避けられへんそうやで。何で運動神経もそんなに無い幹が避けられたかっちゅうと、無意識の内にどの辺にみずきちゃんの蹴りが来るか幹には判ったからやねん」 幹人はそう言われればそんな感じだったような気がしたのを思い出した。これからみずきが何をするのか直前に理解したのだ。 「これはあの子たちの先祖の姿を造り変えてしまった生方が背負わされた咎(トガ)やねん。それも非常に残酷な」 「咎?」 「呪い、業(ごう)と言うてもええわ。生方の人間は奥間の者に限らず全ての間(アイ)の者と会った瞬間からその者の喜びや苦しみも哀しみも愛も…全てを解ってしまうねん。例え相手がこっちの事をどう思うともね。それは関係が深まるごとにその感応力は強くなる。相手の気持ちが解り過ぎるという事がいったいどないな事なんか幹にはまだ判らんやろうけど、これからイヤでも理解できるようになるわ。覚悟しときや。繁兄さんが何で五年も友美義姉さんと再婚した事を幹に隠しとったんは五年前の幹ではこの事に耐えられへんと思たからやねん」 「気持ちが分かるねんからええ事や無いの?」 「よう聞ききや。いい?よく聞いて欲しいねん。あの子らの哀しみも心の痛みも私らは、幹と私と兄さんはあの子らと同じように全て分かってしまうんねん。それが普通の人間とは違う様になったあの子らの責任を負う生方の人間の運命(サダメ)やねん。あの子らが私らを憎んだり恨んだりしたとしてもその想いは全て私らには分かってしまうねん。その反対は無いけどね」 幹人は絶句した。どういう事なのか?すぐには理解できなかった。 「私は友美義姉さんとだけ事前に半年前に会ってたけど、友美義姉さんたちと接して最近、それがどんな事なんかやっと解った。幹も社会的には子供やけどもう大人やからね。だから繁兄さんは私と幹に会わせた。それが生方の運命やから。逆に言 うと生方の先祖は間(アイ)の者の痛みを知りながら間の者を使ってたんやろね。 間の者達も自分らの痛みを解る主だからこそ忠誠を誓っとったらしいわ。これは繁兄さんに聞いた事やけどね。でも今はもう、そんな主従関係なんか無いから私らはあの子らをどんな事があっても守っていかなあかんねん。言う事はこれだけ。 それがどういう事なんかはゆっくり自分で考えてみ」 岬は少し突き放した表情をした。 幹人は父親の方を見ると、繁は頬杖を付いてタバコを吸いながらこちらを見ていた。 「でも叔母さん、俺、みずきの攻撃、全部が全部避けきれてないで」 幹人は自分の額のひっかき傷を指した。 「あはは。それは間の者としてや無くて一人の普通の女の子しての気持ちやからや。それが分かってもうたら人生つまらんやろ?」 「なんじゃそりゃ」 「二人して難しそうな顔して何の話?」 お盆に麦茶をいれたコップを二つ持って来た友美さんが笑顔でやって来た。 「いや…今後の進路の相談を…」 「幹、うまい事言うなあ」 幹人は何とか声を上げて笑顔で友美さんを見上げた。 そして『見えた』 友美さんは幹人に対して義理の母親として自分はもしかして嫌われているのでは無いか?と言うある種の怯えと恐怖を持っている事が。 にこにこと表面上は微笑んでいる友美さんの表情の裏に何とか自分に取り入りたいという打算的な側面の感情があるのだ。もちろんそればかりでは無い。友美さんは幹人の事を気に入ってくれているようだし、息子というよりはむしろ弟のように思ってくれている。その事ははよく理解できるし嬉しかった。問題はその事よりも『それ』が『見えて』しまった事自体に幹人は恐怖した。 幹人は父親である繁を見た。 繁は無表情で幹人を見るだけだ。 それは単に感情の色が見えたとは表現のしにくい感覚だった。「何か」が自分の心の奥底に染み渡って来るような一種、胸を締めつけられる感触と言えた。他人とお互いに解りあえたらいいのにとよく人は言うがこっちが一方的に解ってしまう事の何と心の痛い事か。 こういう事なのか。 こういう事なのか。 自然と汗が吹き出るのを感じた。 「あら、でも幹人さんの学校、試験無しで高校に入学できるんでしょ?」 「わかった。勉強危ないんだー」 ぶすっとした表情のみずきがバスタオルと着替えを持ってやってきた。 「おにいちゃんて、アブナイの?」 ちひろは違う意味でとれるような事を言った。 「いや、もっと。もっと先の事や。なあ、幹」 「…そうやね」 幹人は硬直したまま、みずきを見た。みずきの場合はもっと感情の解像度がハッキリと感じとれた。 みずきの背後には幹人に対して若干の不信感と若干の好意と若干の嫌悪感と若干の罪悪感と若干のためらいと若干の諦めと若干の切なさと言う、とてつもなく複雑かつ、ない交ぜな感情を抱いているある種の色のような匂いがある事が視認できた。 ちひろは?ちひろは自分をどう思っているのだろう? 自分の事をちゃんと兄として見てくれているのだろうか? もし自分が嫌われていたらそれは幹人の心にダイレクトに伝わって来るのだ。 恐い。 人の感情が、想いが伝わって来るのがこれほど疲れるものだとは思わなかった。 なるほど数年前の自分ならとても耐えられなかったかもしれない。 不安にかられ、幹人はちひろを見た。 ちひろはまだお腹が空いてるようだった。 …それだけだった。 (以下次回) |