第三十二回「KUTSUJOKU」
コンコン 「あ、あの…」 みずきはノックをしておずおずと幹人の部屋に入ってきた。 夕食には後少し時間がある。みずきは意を決して幹人の部屋にやってきた。 「なんか用?」 勉強机に両足を投げ出してマンガを読んでいた幹人は少し突き放す様に言った。 「あ、あのごめん。さっきの事、謝ろうと思って」 「その前に俺が何で突き飛ばされなあかんかったか教えて貰おうやないか。沙居ちゃんの事はええわ。さっき友美さんに話は聞いたから」 今回に限っては非はみずきにあるので立場的に幹人の方が上の筈だった。 「え、そ、それは…」 みずきは口ごもった。まさかドラマの内容と現実とを混同したとはさすがに言い辛かったからだ。 とにかく、とにかくここは謝り倒すしかないとみずきは思った。 「ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい。せっかく相談に乗ってくれたのにあんな事して」 「だから、俺は何で突き飛ばされたか、理由尋ねてるんやんけ」 「…いや、だからそれは、そのお…」 みずきはしゅんとして正座した。 「あ、そう。そんなに言いた無かったら俺、友美さんに言お〜っと!友美おかーさーん僕はみずきに暴力を振るわれました〜それも二回もなー」 幹人が椅子から立ち上がってドアから出ていく素振りをすると、みずきはがばっと人の左足にすがりついて来た。 「それだけはやめてえええええー!」 半泣きになりながら懇願するような目つきでみずきは幹人を見上げた。 「あのな…みずき」 「はいっ」 「前から聞こうと思ってたんやけど、なんでそんなに友美さん恐がるの?」 「だってだって、おかーさん怒ったら物凄く恐いんだもんっ!」 「も、物凄くって何されんの?」 「お…、」 「お?」 みずきは顔を真っ赤にして俯いた。 「そ、そんなの恥ずかしく言えないよう」 「あ、そう。…友美おかーさーん」 「やめてえええええええええー!」 「ほんなら言え」 「わかったよ…お、お尻叩かれるの」 「なんや。そんなんかいな。かわいいもんやんけ」 「そんなんかいなじゃ無いもん!すっごく痛いんだから!パンツ脱がされて直によ」 みずきは言ってからしまったという表情をした。 「ほお、パンツをね」 幹人はじーっとみずきのお尻を眺めた。 「な、何よ。…何想像してんのよ。エッチ」 ああ、どんなんだろう。見てみたいなあ。尻叩き。みずきの可愛いおしりをピシピシと。そして苦悶に泣き叫ぶ美少女。絵になるなあ。おお、所謂スパンキングって奴か。連に貸してもらったエロ本にそう書いてあったなあ。 「そうか…」 「わかってくれた?」 「これは…(ポン)ケツ叩き、是非にやってもらおう!」 「…え、えええーっ?」 みずきの顔に絶望の二文字が浮かぶ。幹人には本当にそう見えた。 「お願いっ!なんでもするから許してえええええ」 みずきは泣き始めた。幹人は初めてみずきの泣き顔を見たが、今までの恨み辛みが消されて何だか胸がスーッとするようなそんなサディスティックな快感を感じていた。 (ま、ここらへんで立場と関係をハッキリさせておくのもええかな…) 「ふうん、なんでもしてくれるのん?」 暗黒の中に一条の光明。みずきはそんな気持ちになった。 「さっきの質問、まだ答えてないな。なんで突き飛ばしたか」 「え、そ、それはそのう。そ、そう!お、男の子に私馴れてなくてちょっと触られたけで過剰反応しちゃうのよ」 その瞬間、パッと幹人はみずきの肩に触れた。 「あ」 凝固するみずき。 「…過剰反応せえへんやんけ。…やっぱり嘘か」 (み、見透かされてるー?) 追い詰められたみずきは汗をだらだらと流した。 「どうせ、何かのドラマの見すぎやろ」 図星だった。 「さて、さっき何でもしてくれる言うたな」 「な、何すればいいの?お風呂掃除当番?さすがにおにーさんの宿題とかはできないけれど、それ以外だったら…」 (フ、この俺がその程度で満足すると思ってんのか) 幹人は内から黒い感情が沸き起こって来る己自身に酔い始めていた。 「よーうし、おまえ、ここでパンツ脱げ!」 「っえっ?」 ギョッとした顔をするみずきに対して幹人は初めて「勝った」と思った。 「な、なんで…?」 「なんでもしてくれるんやろ?別に俺がおまえの尻叩くって訳や無い。ただここで脱いでもらうだけでええねん」 (くくっ、完璧な勝利だ。ここで形勢逆転は決定的だ。 どうだ、あのみずきの屈辱にまみれた表情。 俺が見たかったのはこれだー) 「そんなの…できないよ」 「別に無理に脱がんでもええねんで」 ほぼ脅迫。 顔を真っ赤にしてぶるぶるとみずきは震えていた。 「ぬ、脱げば…許してもらえるの…?」 みずきは泣きっ面で恨めしそうに幹人を睨んだ。 「そうやな」 しばしの躊躇。 その後、みずきは両眼を瞑って、歯をくしばって両の手をギュッと握ってから震える手をスカートの中に入れようとした。ちらりとみずきの白い太股が見え始めた。 ハッ。 俺は歳下の女の子に対して何をやっとるんや。 幹人はようやく異常な状況に突入しようとしている事に気づいた。 「ストーップ!もうええ、分かった。分かったから脱がんでええ!冗談や冗談。本気にすんな」 その瞬間、みずきの手が腰から離れ、安心したのか、へなへなとカーペットの上にへたりこんだ。 「うっ、うっ、冗談でもあんな事言うなんてヒドイよー…うっ、うっ、うわああああああああああああ〜ん」 みずきは両手で顔を覆って堰を切った様に泣き始めた。先程までの勝利の余韻もどこにやら、幹人は急激に罪悪感に襲われ始めていた。 「わ、悪かったわ。ちょっとやりすぎた。ほら、これでお互いチャラや。な、もう泣くなって」 「ええーーん。キライー嫌いー。おにーさんなんか嫌い〜〜〜うわーん」 「ごめんてー。悪かったってー!みずきも学校で嫌な目にあったんを忘れてた。な、後生やから泣かんといてーな。俺がお父さんにシバかれるやんけ」 「ひっくひっく、あの、おとーさんでも怒るの?」 「そら、怒るわいな。俺昔、店の金くすねた時、二階から放り投げられたんやからな」 「二階くらい、へーきじゃん」 「アホかー。俺はおまえらとは違うねんからな。俺そん時に左腕、複雑骨折してんからなあ」 二人とも、はあはあと息をきらしてへたりこんだ。 「とりあえず悪かった。もうせえへんから、みずきももう過激な事はやらんといてくれ」 「わ、わかった…よ。これでチャラだよね?」 「おう」 「絶対だよね」 「しつこいなおまえ。それにしても、なんか…疲れた…」 「あたしも…」 そこにバーン!と音をたてて、ちひろがドアを開けて入ってきた。 「ごはんできたって〜♪」 幹人は疲れた目でみずきを見ると呟いた。 「とりあえず、飯食うか…」 「…そーだね」 そして二人は立ち上がった。 「なにしてたん?」 ちひろだけがへらへらと笑っていた。 (以下次回) |