第二十八回「UWASA」

   丈は駄菓子屋とプラモ屋が合体した様なゲームセンターで「THE ACE OF HEART 2001」と言う名の格闘ゲームで遊んでいた。たてたてよこよこAACBBとコマンドを手慣れた技で打ち込んで行く。店内にはほとんど人がいない。雨上がりの直後だからだろうか。
「あ、丈君やんか、久しぶり」
「ん?」
 丈が顔を上げるとそこにはクラスメートのギヨこと湊貴代の姉の湊慧(みなとあきら)がモニターを覗き込んでいた。丈より一学年上の六年生の彼女の家はこのゲーセンの隣の市営住宅だ。
「慧ちゃん…」
「ちょっとええ?」
「う、うん…」
 丈は正面切って眼を合わせられなかった。丈は慧に対して以前から淡い恋心を持っているので気恥ずかしくて視線を合せづらいのだ。以前は山村家が同じ団地に住んでいた時期があって幼稚園の頃から湊姉妹とよく遊んだものだ。幼馴染みと言って、差し支えない。それも丈が二年の頃、一戸建てに引っ越したので、と言っても2キロしか離れていないのだが、それから何となく疎遠になったのだ。もちろん、年頃に近づきつつあるという事もある。そして丈の事をちゃんと「丈君」と呼んでくれる女の子は今となっては稀少価値だ。そんな事を考えている内にゲーム画面はゲームオーバーになっていた。慧は紙コップのジュースを持ってパイプイスを近くから転がしてきて丈の斜め前に座って、最近伸ばし始めている髪を掻き上げた。
「ごめんごめん、せっかく遊んどったのに悪い事したね」
「ええけど別に」
 そう言って慧はゲーム画面のスコアを見る。
「うわー、すっごー最高得点やんか。丈君昔からゲーム上手かったもんねえ。トランプとかやってもいっつも勝って貴代がよう悔しがっとったもんなあ。貴代さあ、最近、丈君に遊んでもらわれへんから寂しがってんねんで。口には出せへんねんけどさあ」
なんかこんなイメージです「寂しいも何も同じクラスで隣の席やねんから嫌でも毎日会うてるやんか」
「でも家に遊びに来えへんやん、前みたいに。それとも女の子の家遊びに来るの恥ずかしいん?そんなん、ウチら全然気にせえへんのに」
 そんな事言われてもやっぱり気にするわなあと、丈はやれやれと溜息をする。
「丈君とこのクラス、今日転校生来たんやって?」
「うん生方…なんとかって言う女子」
 丈は本当は生方みずきとフルネームを暗記していたが、慧の手前、あまり興味が無いフリをした。
「あたしンとこのクラスの男子らも顔見に行ったらしいで。そんなに可愛いん?」
「まあ、わりと可愛い方なんとちゃう?」
「ホンマぁ?実は狙ってるんとちゃうん?」
 質問の内用が妹と同じだ。やはり姉妹だと実感する。俺、慧ちゃんを狙ってたんだけどなあ、まあムリだけど。
 丈は心の中で溜息をした。
「丈君のクラス、もう一人綺麗な子がおったやんか」
「まさか自分の妹とか言うたら殴るで」
 冗談めかしに丈が言うと、
「アハハハ。いくらなんでもそこまで貴代をえこひいきできんわ。ほら、連(むらじ)って子」
「レン…か」
「あたしミナ中(四田市立南が丘中学)の先輩から聞いてんけど、あの子、援交って言うか売春って言うかその系の事してるらしいで」
「うそー?小五やで」
 しかし、はたと気づく。そういえば連陽子の肢体は、そう見れば小学生にも見え、中学生にも見え、場合によっては高校生にも見えるかもしれない。年齢不詳なそんな雰囲気を持っている。自分でもガキっぽいと思う丈にとっては幼さも兼ね備える大人っぽい女の子だ。
 そう言うのを好きな大人はたぶん沢山いるのだろう。丈にはよく分からないが。
「何言うてんの。今時、五年の女子なんか立派な女やで」
 そう言う慧の表情が妙に色っぽかったので、丈は心ならずもドキリとする。しかし反対に言えば丈のことを弟同然と見なしていると言うことなのだろうか。丈にはまだそこまで年上の女の子の心は読めない。読める時期が訪れるかどうかは別問題として。
「でも慧ちゃん、その噂ってどこまで信憑性があるん?」
「いや、ほんまやって。私聞いたもん」
 聞いただけではそれが本当かどうかは分からないのだが。その辺りは慧もまだ子供だった。
「で、その話、ギヨにも言うのん?」
 何かイヤな展開が予想された。ただでさえクラスの雰囲気の主導権は女子が握っているのだ。
「私が言わんでもその先輩、貴代にも言うたらしいから」
 最悪やな。丈は明日の登校が憂鬱になってきた。みずきの傘の件はどうなるだろうか?あの子はちゃんと告発するのだろうか?丈は担任の森木先生を信用していなかった。やたらに自信は持っているが児童同士のの揉め事の裁定に納得が行った事が無かったからだ。必ず善悪を区別しようとする。丈はそこが嫌いだった。
「でもさあ、あの子、なんか男知ってそうやん」
 小六の女の子のセリフでも無かったが、まあ実際はこんなもんだ。別に丈はこの程度の事で幻滅はしない。しかしまあ、連陽子がよく学校を休むのは事実だ。それでいて、成績はトップ。嫌味も甚だしい。女の子から陰口を叩かれるのも当然か。
おまけに美人ときてるからな。
「慧ちゃんは好きな男とかおるん?」
 さりげない探り。
「えっ?えー?そんなん言われへんやんー」
「やっぱしミナ中のサッカー部ですかい?」
「えっ?も、もしかして貴代、あの子喋ったんー?あの子丈君には何でも喋るねんなあ」
 何だ本当にそうだったのか。先週聞いたギヨの話は嘘では無かったらしい。この瞬間、丈の初恋は失恋と確定した。いや、まあ分からないが。
 慧はどうも妹と自分をひっつけさせようとする魂胆があるらしい。縁談好きのバアさんかまったく。ヤなこったい。
「ま、勝手にやっててチョンマゲ。そしたら俺帰るわ。久しぶりに塾行ってお勉強でもするから」
「ちょっと丈君、他の子に喋ったらシバクからねー」
 はにかみながら慧が丈の背中を叩く。
「どーかなー、どーかなー♪どーしよーかなー?」
「ちょっと丈君ー」
 イタズラ好きな弟を演じつつ丈は慧と別れてゲーセンを出た。
 風が少し湿っぽかった。
 そして少しだけ、丈の視界の景色が曇った。


(つづく)