第二十二回「KOJI」

  「ま、こないに話、しとっても埒(らち)あきませんわ、お館様」
「急いては事を仕損じるって、おまえいつも言うてるやんけ」
「今回は臨機応変っちゅう事にしよやないですか。虎穴に入らずんば虎児を得ず路線で行きましょか」
「当たって砕けろって事かいな」
 綾二郎は沙居らしいと思いながら、同時に何か沙居がそわそわしているような、そんな気がした。
「なんですか、その目ぇは?」
「いや別に」
 沙居と綾二郎は事の真偽を見極めるために生方家に訪問というよりも偵察に行く事で意見がまとまった。
 その時、部屋の扉が勢い良く開いた。
「では、ちひろちゃんのお家に行かれるのですね?」
 息を切らして裕子が中に入ってきた。
「なんです、裕子お嬢さん。ノックもせんと」
いぬって難いな。 沙居も綾二郎も裕子が聞き耳を立てていたのは知っていたので敢えて軽く戒めた。
「あ、申し訳ありません…」
「で、何の用や?裕子」
「あ、その…私もお連れして欲しいと」
 いつになくもじもじと裕子は同行させて欲しいと申し出た。が、
「あかんな」  「あきませんね」
 と、即答されてしまった。
「な、何故ですか、私が病気だからですか?」
「それもある」
「それなら私、最近気分もすぐれていて大丈夫です」
「まだ安心できん」
「どうしてもですか?」
「裕子お嬢様。お聞き分け下さい。お館様はお嬢様の…」
 とどめに沙居がそう言おうとすると、
「わかりました…」
 と、がっくり肩を落として扉を閉めた。
 閉じられた扉を見てから、沙居は綾二郎を見上げた。
「あれは、…来はりますね」
「来るやろな。最近、ちょっと閉じ込めすぎたしな」
「まあ、裕子お嬢さんも径間のお姫様(ひいさま)っちゅう事ですわぁ」
 しばらく二人は無言で扉を見つめた。
 沈黙を破ったのは沙居の方だった。
「最近の道家の血が濃ぉなってんのは、どう思います?今度のは間違いなく遺伝障害が出ますよ」
 沙居は近親婚による弊害の事を口にした。将来産まれるであろう裕子の子の事を心配してだ。
「そやな、裕子の婿はもう径間からは無理やな。それに今は世代的に見てもあの子と同年代の男が道家家にはおらんしな」
「いっそ、普通の人と一緒にさせましょか?」
「それは相手の方に負担がかかるからな。俺の妹の様には裕子はさせたない」
 綾二郎は悲恋に終わった今は亡き自分の妹の事を思い出して気分が暗くなった。
「今、道家で裕子お嬢さんに一番近い歳の男の子は確か…」
「二歳やな。朝霧の末の妹の子や。その年代は十人くらいおるけど。後はみんな二十代で結婚してるし、それか売約済み(恋人あり)ばっかりやな。世代的に見て これから子が増えるとこや」
「そら、ちょっとかわいそうですなぁ」
「望みは遺伝障害を解決する唯間の技がその生方家に伝わってるかやな」
「いや…、あの男の子を貰うという手ぇも。歳も近そうでしたし」
「上主の血筋を入れるんか?」
「昔は誰も畏れ多くて言われませんでしたけど、上主様の血を入れたら恐らく、その間の者の子は最強になる思います 」
「あの、ちひろちゃんみたいにか?…あの子はたぶんこれから…」
「気づいてはりましたか」
「でもなあ」
 綾二郎が腕組みをした。
「あの少年に裕子やるんはちょっとなあ…」
「見てくれはこの際、目つむりましょ。ま、先無い事言うとっても、しょう無いですわ。行ってみましょ」
 沙居は『人形の様な』表情で綾二郎の背中を叩いた。

「おそと行きたい」
「だーめ」
 ちひろはしきりに外に出たがったが友美さんはそれをやんわりと制した。
 友美さんが洗濯物をたたんでいる横でちひろは毛糸の玉にじゃれつきながら遊んでいたがやがてそれにも飽きてしまった。ちひろは友美さんの隙を見て窓にかけよった。しかし窓を開けて乗り越えようとすると見えない壁に阻まれて外に出ることができなかった。ちひろは空しくその見えない壁を引っ掻いた。
「でられない」
 友美さんはこの前の様な事にならないために内から奥間の結界を張ってちひろが一人で勝手に出られないように施していた。
「もうすぐ雨がやむからそれから一緒にお買物に行こうね」
「うん…」
 ちひろも仕方なく同意した。
 窓から隣の店に自動車が停まる音が聞こえてきた。
 友美さんは洗濯物をたたむ手を止めると音も無く立ち上がり外の様子を窺った。
「ちひろ、おかあさん、お店の方に行くからここでじっとしてるのよ」
「うん♪」
 襖を閉めながら友美さんはもう一度振り返って真顔で念を押した。
「いいわね」
 その眼力が強烈だったので、さしものちひろも思わず後ずさりながら
「はいっ!」
 と、大きな声で返事をした。

(以下次回)