第十九回「TAISOー」

 

 

 期末テスト前の短縮午前中授業が終わった幹人は傘をさしながら灰色の空の下、半分舗装、半分砂利道の側道をぼーっとした表情で歩いていた。時折、思い出したように、さーっと水音を立てて自動車が幹人を通り越していく。
 俺が年下の女の子、(義妹なんだが)を迎えに行くとは先週の月曜には考えもせえへんかったぞ。めんどーやし照れくさいな。でも仕方がない。みずきはやはり、ちひろ同様に方向音痴らしいのだ。転校初日の事もあり、友美さんに迷子にならないように迎えに行って欲しいと頼まれたのだ。
 幹人は昨日の日曜の早朝の事を思い返していた…。

 その朝は玄関のドアが開く音で目が覚めた。霧がかかっている朝の中、誰かが歩いているのが窓から見えた。幹人はベッドから降りて時計を見ると6時前だった。
 何となく目が覚めた幹人は興が乗ったのか自分でも分からないが服を着替えて後をつけてみる事にした。
 ドライアイスの湯気のような霧をかき分ける様に進むと見知った公園が見えて来た。…そこには友美さんとみずきとちひろの三人がいた。
 ラジオ体操にでも来たのだろうか?公園には他に人はいない。程無くして友美さんの凛とした声が聞こえていた。
「ちょっとさぼってたけど、準備はいい?みずき、ちひろ」
「はい」
「はぁい」
 幹人が木陰から覗き見ると友美さんは何かの武術の型の様な特殊な姿勢をとっていた。
他の二人もそれに倣う。格闘技には多少、詳しい幹人も見たことが無い型だった。
 三人は声では無い声を発した。それは空気を振動させる『音』では無く、何か、形容し難いが、一帯の空間を震わせる波動のような物に感じた。少なくとも、幹人にはそう感じられた。その瞬間、幹人は何かにのし掛かられた様な重みを感じた。
「ちひろはついて来られるところまででいいからね」
 と、友美さんが言うな否や三人の母娘は一斉に垂直に跳躍した。
「序段」
一蹴りで街灯を越える辺りまで跳んだから約五メートルか。
 そこで三人は空中で『空』を蹴った。
「次段」
 次の時点で五階建てのビルくらいまで跳んでいる。勿論、一度も地に足はついていない。
「三段」
 二回目の空中跳躍の時点で三人は五十メートルの上空にいた。
「四段」
 その瞬間、「あれええ」と言う声と共にちひろが落ちて来た。この辺りがちひろの限界なのだろう。
 幹人は墜落するちひろの姿に息を飲んだが、ちひろはくるりと一回転し、ふわりと『空中で』減速すると事も無げに着地した。
 幹人は思わずちひろの元に駆け寄り、「大丈夫か?」と声をかけた。
「あ、おにいーちゃん、おはよう。あのね、ちひろね、まだあんだけしかとべないの。そんでね、おかーしゃんとおねーしゃんはもっととべるの」
 猫耳をこちら側に向けながらちひろは幹人に、にーと笑った。
「十八段」
 今は豆粒程の大きさに見える二人の切れ切れの声が上空からこだまする。
「あの…、あの二人、何してんの?」
 幹人が訊ねると「おけいこしてんの」とちひろが答えた。
 幹人は再び上空を仰ぎ見た。遠目で友美さんが直立不動で空中静止しているのが
見えた。
「すげえ」
 初めて見る超能力な人に幹人は純粋に感動した。
 二人は水平に空中跳躍を繰り返しながら間合いを詰めて行き、やがて空手の組み
手のような模擬格闘が始まった。
 だが、実際に何をしているのかは幹人の目ではあまりにも高すぎて、動きが速すぎて
目では追えなかった。時々、遠雷の様な音が地上に降りそそいできた。
 十数分くらいの時間が過ぎて、直立不動で腕組みをした二人が降下してきた。
 無音で着地した二人は全く息を乱していなかった。
最初はメダロットの影響受けまくりの絵でした(^^;あうぅ。描きなおしぃ。「あれ?どうして」
 みずきが驚いた顔で幹人を見つけた。
「あら。幹人さん来てたの?やっぱり幹人さんには私達の結界は効かないのね」
「…そーなの?でもなんで?」
 みずきは友美さんを見上げた。
「唯間派の人には全ての間の者の能力は無効なのよ」
 ちひろの服の埃を手で払いながら友美さんは言った。
「唯間。あ、そーか。おとーさんと一緒なのか。だから私の蹴りも躱されたんだ…あっ」
 みずきはしまったと言う顔になった。
「みずきっ!」
「はいっ!」
 ビクッとしたみずきは気をつけの姿勢になった。
「技はむやみにに使うものじゃないって、いつも言ってるわよね?」
「うん…」
「まさか他にもやったんじゃないでしょうねえ?」
 やったも何もみずきはその前日、米谷を半殺しの目に会わせている。
「し、してないよ。お、おにーちゃんのはたまたま…だよ」
(そーか、俺はたまたま殺されかけたのか)
 友美さんが幹人の方に向いた。
「そうなの?幹人さん」
 友美さんの後ろでみずきの懇願する様な悲壮な表情が見えた。
 こくこくと頷く幹人を見てみずきは心の底からほっとした表情をした。
 幹人はさっきから聞きたかった事を思い切って訊ねてみた。
「で、やっぱりさっきのは奥間の一子相伝の武術かなんかなんですか?伝説の秘拳で熊をも一撃で倒す血も凍る一撃必殺の禁断の技っすか?」
 後ろでみずきが「バカ?」と口にした。
「あれは…」
「あれはっ!?」
「ただの体操よ」
 友美さんの言葉に幹人はこけた。
「と言うのは冗談で、さっきのは段(だん)って言って奥間の…まあ基本型ね」
「はあ、基本型ですか。しかしすごい運動能力ですね」
「筋肉であの高度は跳べませんよ。心でね空間を練るのよ」
「は?」
「ま、それはおいおいにね。さあ、結界を解くわよ。みずきもちひろも耳隠して」
 しぱっという何かが弾ける音がすると同時に早朝の喧噪、小鳥のさえずりや、牛乳配達のバイクの音とかが聞こえて来た。
 友美さんがちひろの頭に赤いバンダナを巻いてあげている最中に水色のバンダナをしたみずきが幹人の近くに駆け寄って来た。
「あ、あのさっきは話し合わせてくれてありがとう…ほんとにありがとう」
やっちゃえ!「そら別にええけど友美さんに怒られるのがそんなに怖いんかいな?」
 その瞬間、ガッと幹人はみずきに両肩を掴まれた。爪が皮膚にくいこんで痛かった。
「…っとっても」
 みずきは泣きそうな顔でそう言った。
「さー、帰って朝御飯にしましょー」
 その向こう側で友美さんの涼やかな声が聞こえていた。

 回想が終わって再び雨の道路。
 …と言うわけで幹人は図らずも超能力少女・妹を今から迎えに行くのだ。
(超涼力<誤字>か。ええなあ。俺も使えたらなあ)
 幹人がそんな事を考えながら歩いていると少し雨足が強くなってきた。
 ふと、目の前に鮮かな色の赤い傘が現れた。
「あの…」
 その赤い傘が通りすぎた後、幹人は背後から呼び止められた。

(以下次回って何回続くんや)

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