第五回「YU_GAI TOSHO」

  「ねー、ねー、なんでそんな呼び方しなくちゃなんないの?ふつーでいいじゃない ふつーで」
「いや、だからやなあギャグやんかギャグ」
 幹人は少し、赤くなって軽く咳払いをした。
「嘘だぁ、ホントはそう呼んでもらいたいんだね。あははは、おかしー」
みずきはお腹を抱えて笑った。
「なかなかおもしろかったよ。でもあたしもおにーさん欲しかったけどいざ、いきなりできるとなると何かみょーに違和感ありまくりって感じでって言うかー」
「悪かったな」
「あ、ごめん。怒んないで気にしないで」
「まあ、今日の今日やもんなあ。俺かってまさかいきなり妹が二人もできるとは思わへんかったからなあ」
「そうそう。いきなりかわいい妹が二人もできて嬉しいでしょう。ふふん♪」
「自分で言うなよ」
「でもさあ、あたし今まで奥間(オウマ)の里からあんまり出たことなかったから今日初めて海見たんだよ。もー、びっくりしちゃったよ。あーんなに大っきーんだもんね。でねー、ちひろなんか『おねえちゃん、海っておっきーねー』ってしか言わないんだよ。それも何回も何回もだよ。可笑しいよね。あははははは」
 緊張がとれたのかみずきは途端に身振り手振りを駆使して喋くりだした。幹人はみずきの身振り手振りのやりかたが妹のちひろと同じだと言うことに気がついた。つまりちひろは基本的に姉の真似をしているのだ。
「それでその奥間の里ってどんな所やったん?」
「うん?えーとね、山とね川しかないよ」
「えらい淡白な表現やな」
「そっかな?それでもね、やっぱりあたし達が生まれ育った所だから離れる時、すっごく悲しかったよ。おかーさんなんか泣いてたもん。だから最後にみんなでいっぱい写真とかビデオとか撮りまくったんだよ。今度見せたげるね」
「うん」
 そこで会話が途切れた。
 しかし、よく考えてみれば幹人の部屋に初めて女の子が来たのだ。それが例え義妹だとしてもだ。こうやって女の子と何げなくお喋りする事のなんと心弾む事か。久しく忘れていたときめき☆
 にこにこと楽しく話すみずきはさっき初めて会った時よりもずっと可愛く見えた。猫人間だがこんな年下の女の子と一緒に暮らすのもいいかもしんない。
 ああ、なんか超ラッキーかもしれない。ありがとう父。もう晩飯作らなくてもいいし!
「ねえ、なんか本貸してくれない?分校の図書室って古い本ばっかりで退屈だったんだよ」
 みずきは幹人の本棚の図鑑や童話や偉人の伝記などを興味深そうに見て回った。実はマンガ以外の本は中学に入って以来買った記憶が無い。従ってこれらは小学生の頃に買ってもらった本なのだ
「ふーん、いっぱい本読んでるんだね」
 確かに幹人が小六の時、彼は優等生と目される存在だった。中学受験の為に他の連中が遊んでいる時も勉強していたからだ。今は違うが。
「あ、これ『はてしない物語』だ。これあたし知ってる。あたしもこれ読んだよ。これ途中で字の色が変わるんだよね。ミヒャエル・エンデ好きなの?」
「うん、まあ」
(『はてしない物語』か)
確かに面白かったような記憶があるがどんな話だったか幹人は半分忘れていた。
(忘れる?そういえばあの話は後半、主人公がいろんな事を忘れていくんやったな)
 幹人自身も最近、何か色々な事を忘れているような気がした。窓の外の空は曇っているようだ。きっと雲の中には星がめちゃくちゃに散りばめられているのだろう。でも最近、星すらも見ようと思った事があっただろうか?
「あ、『モモ』がある。すごいー。ねー、これ貸してくれる?あたし、これすっごく読みたかったんだー」
「別にええけど」
「ありがとー」
 みずきはとても嬉しそうに微笑んだ。
 あっ、かわいい。この子は笑うととてもかわいいのか。本当に本が好きなようだ。娯楽が少なかったからかもしれない。しかしいつもなんであんなにぶすっとしているのか。幹人はなんだかもったいない様な気がした。
「えーと、他にも何か無いかな?」
 みずきは膝をついて他にも色々物色し始めた。幹人は思わずキュロットスカートから真っ直ぐに伸びるみずきのすらりとした脚に目が行く。
(どうみても普通の女の子とかわらへんよなあ・・・)
「うん、なに?」
 みずきが振り向いた。
「いや、別に」
…失敗「ふーん・・・。あ、お兄ちゃんって少女マンガも読むんだ『ベイビーラブ』?全然似合わないよ。あはははは。あ、そーだ。ねー、ねぇ」
「何?」
「ほら、あれとか無いの?」
「だから何や?」
「こういう場合、テレビのドラマだったらさ、男の子の部屋にはえっちな本とか置いてあるんだよね?」
 ギク。
「これかな?」みずきは紙袋をひょいと取り上げた。
「ちょっと待てい!」幹人はあわててその紙袋を取り上げようとした。
 さすがにその袋の中身を小学生の女の子に見せるのは憚られた。何と言ってもバッチリ、県指定の有害図書指定本だったからだ。
「いーじゃん、いーじゃん。どーせアイドルの水着写真集とかなんでしょう?この前やってたドラマだったらそうだったよ」
 みずきは幹人が取り上げようとした手を難なく躱すと、パッ、と袋から中身を取り出し、パラパラと読み始めた。
 しかしてその本のタイトルは!?

『酷惨!少女緊縛写真集 

〜獣のように前から後ろから責め立てて〜
 男達の激しい劣情にヌルヌルの膣肉を麻縄で擦りあげられ精液をブチ込まれる
 快感にまだあどけない顔の少女が耐えきれるはずもなく天高く縛り上げられた少
 女達は惨めな自分をさらけ出しながら自ずと被虐の快感に身悶え墜ちていく!』
(18歳未満販売禁止)

 ・・・非常にお約束な展開だと幹人には思えた。

 やがてみずきの肩がぶるぶると震えだした。

「・・・あのー、みずきさーん」

 みずきが振り返った。

 その目は道端に落ちている腐敗した排泄物の上にブチ撒かれた湯気を立てている吐瀉物を見る目つきのそれだった。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
変態ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ
ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ
ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」