「はじめまして。ごめんなさい。突然で驚いたでしょう?」
「幹人、これ俺の新しい奥さん、友美さん。新しい言うても、もう5年くらい経ってるけど」
「初めまして友美です。ほら、みずき、ちひろ、お兄さんの幹人さんよ。二人ともご挨拶なさい」
母親に言われて二人のとった行動はかなり違っていた。妹のちひろは母親の言うことを素直に聞いて、にこーっと笑って「コンニチハ」と小声で言ってはにかんできゃーっと言った後に今度は母親のスカートの影に隠れた。
姉のみずきの方は腕組みをしていてこちらをちらりと見ていたが母親の言う事には逆らえられないらしく、
「は、はじめまして、生方みずきです」
と言って、すちゃっとお辞儀をして瞬時に頭を上げると元の腕組みをしてこちらを斜めから見る姿勢に戻った。
「今度はおまえの番やな」
父親が幹人を促す。
「え、ああ。幹人です」
幹人は軽く会釈した。
三人の女性の視線が幹人に集中する。
「よろしくね、幹人君」
友美さんがにっこり挨拶する。
「鼻毛はみ出てるわよ」
みずきがぶすっとして言った。
「み・・・き・・・・何?」
ちひろは幹人の名を反芻できずに父親を見上げて目で尋ねた。
「みきひとや」
「・・・うん」
分かったのか分からなかったのかちひろは頷いた。
それにしても。
と幹人は思った。説明が足らなさすぎる。この子達、猫耳で猫っぽい事を除けばなんら普通の女の子と変わらない。むしろ幹人の目から見てかわいい方だ。色が白くてサラサラの髪。同い年だったら少しドキドキしてるはずだ。いや実は歳下のこの女の子の容姿に年上の幹人はかなりドキドキしていた。
「何よ。その目は。どーせやらしー事考えてるんでしょ」
思いっ切り図星だったので幹人は逆に腹が立った。
「駄目でしょみずき。初対面の人にそんな口きいちゃ」
友美さんと紹介された女性が幹人に向き、改まって口を開いた。
「ごめんなさいね幹人君、突然に。実はあなたのお父さんと再婚した事を黙っていたのは少し事情があっての事なの。ほら、私達こんな姿の一族でしょう?それで里から降りてくる事に決めてから色々、下準備とかがあったのよ」
幹人の父親は冷蔵庫まで歩いていってビール缶を取り出し、プシュっと言う音をたててプルリングを引いた。幹人がリビングの窓の外を見るといつのまにか4tトラックが停まっていた。それで引越しの荷物を運んできたのは容易に想像がついた。
「この子らの住んでたとこがな、所謂、隠れ里ってやつやったんやけど、今度電源開発公社がダム作るって言い始めてなあ。最初は断っとてんけど向こうが買い取り金額の値上がり狙ろてると思たみたいで何や地元の代議士とか色々ようさんの連中が来より始めてな、この子らの事とかバれたらマズいし、ここらで土地売ってみんなで暮らそう思てな。この子らの一族、奥間(オウマ)の者は今はもうここにおる三人しかおらんようになったから」
父親が語った最後の下りのところでみずきは目線を外すように下を向いた。
「でも、バれたらマズいってその格好のままここで暮らすん?」
「それは大丈夫や。ウチに伝わるこのつけ油で耳んとこ固めとったら、ほら」
父親は何かの化粧ビンの空きビンを取り出しキャップを外すとちひろの耳にペタペタと塗り、茶色がかった髪を櫛で梳すと見た目、普通の女の子みたいの髪になった。ちひろは不思議そうに耳元を触っていた。
「あたしこの油、きらあい。だって音がよく聞こえなくなるもん」
「仕方ないでしょ。これからは外に行く時はそうしないと。来る時のフェリーの中でも大丈夫だったじゃない」
「う、うん・・・そうだけどさあ」
「大丈夫や。この子たち元々、聴覚が人間の数倍あるから例え耳を押えつけとっても普通の人間よりも耳はええねん」
父親は幹人に解説する。
「ふうん、普通の人ってこうやってる状態よりも音聞こえないんだ」
みずきは自分の幹人の目から茶髪寸前の髪の毛と言うか体毛がふんわりとはえそろった三角の耳元を触りながら言った。
「ま、明後日から小学校にも行く訳やし明日中に荷物片づけときや」
「はあい」
「ちーちゃんは?ちーちゃんもしょうがっこ、いくの?」
ちひろはだんだんと、母親の足元で両足でジャンブしながら友美を見上げた。
「ちひろは再来年からね。・・・・あなた。やっぱりこの子、幼稚園に行かせた方がいいのかしら?」
「来年からでええやろ。一年保育って事で」
「ご近所の方への挨拶はどうしましょうか?」
「それも明日でええやろ。今日はもう晩飯にしようや」
「ええ、さっそくご飯にしましょう。じゃ幹人君、そこで待っててね。みずき、お手伝いお願いね。」
「はあい」
「ちーちゃんもっ」
幹人の頭上で会話が通りすぎて行く。
「ええやろ。おまえこれで晩飯当番から開放された訳や。嬉しいやろ。おまえの飯、不味いからな」
幹人はどうしていいか分からず今のところはただ父親の述懐を聞く他無かった。
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