第一回「KAIKOU」

  「で、お父さん。この子誰やねん?」
 猫耳で何故かメイド服の4歳くらいの女の子は夕刻帰ってきた幹人の父親の影に隠れて、こわごわ幹人を窺っていた。
 それまで幹人は女の子に近づく事もままならず、声をかけても黙ったままで、一向に事態が進行しなかったのだ。父親が帰ってくるなり女の子はたたた、と父親の元に走って行き、現在の状況となっているのだ。
 白髪混じりの小柄で一見、温和そうな面持ちの幹人の父親はネクタイを緩めるとあくびを一発かました。
「誰て、おまえ。ああそうか。言うん忘れとったわ。今まで秘密にしてたけど、俺実は再婚してんねん(そら忘れとったとは言わん)」
「な、何とー!?・・・・っていつから?」
「5年前くらいかな」
「…おいおい〜って、っちゅー事はその子は…」
「そ、おまえの妹。いわゆる腹違いって訳やな」
 幹人はその時、本当に「鼻から牛乳が出る」という驚愕を表現する時につかう形容詞を経験した。
 父親違いの妹がいる上に腹違いの妹までおるんかいな俺には。
 そうなのだ。幹人には離婚した母親が再婚した相手との間にできた父親違いの妹がいる。実際には数年前に一回しか会っていないが。
「な、な、」
「どないしてん?」
 父親は膝の上でちょこんと座っている女の子の喉をごろごろとならすと、女の子はきゃぁきゃぁと嬉しそうにはしゃいでいた。
「いや、ま、しょっちゅう行商で家開けてるから外に女くらいおるんかなーとは思っとったけど、その子なんで耳が猫の耳やねん?」
「それはやな、ムーミン谷よりも深い訳があるねん」
 ムーミン谷はそんなに深かっただろうか?確かにおさびし山は六甲山よりは高そうだったが。
「話は・・・・そや、平安時代に遡るな」
「遡りすぎちゃうんか?」
「ウチの家は先祖代々から薬を生業としてたんは知っとーやろ?」
「ウチんとこ、今だに漢方薬局やんか」
「そや。一応創業は幕末くらいって事になってんねんけど、ほんまはもっと前や。
ウチの家系は代々、宮中から闇の薬師、薬司として御用を賜っとった・・らしいねん 。ほら、2丁目の服屋やってる中司さんもあれ昔の中務省の流れやねんで」
「ほんまかいな?おもいっきり嘘くさいけど」
「まあ、そない言うたかって今やタダの漢方薬局やから誰も珍しがってもくれへん
けどな。それはそれとして、ウチの裏の商売、おまえ知らんやろ?」
 父親は幹人が今まで全然知らなかった事をこともなげに淡々と話すなか、部屋の電灯を点けた。もう、夕闇が迫って来た頃になっていた。
「やっぱり覚醒剤でも作ってたんか」
 家業が漢方薬局なので幹人の友人達からよくからかわれるネタの一つだ。
「いいや、人間の人工品種改良や」
「ふうん」
 女の子は手で目を擦っていた。眠くなったらしい。
「今、何て言うたん?」
「そやから人間の人工品種改良や。まあ、昔の事やから戦で強い兵隊作ったり農地開墾用の労働力用とかやな。こう、何世代にも渡って掛け合わせて望む姿にゆっくりと時間をかけて改良して行くわけやな。オオカミからチワワ作るようなもんや。ウチの一族は代々、時の権力者に仕えて特殊な人種を供給しとってん」
「うっそー?」
「ホンマホンマ。父さんも最近まで知らんかってん。でもそれも江戸時代の最初のうちまでの事やからな。昔に人権なんちゅう言葉は存在してへんかったからな。 でも、一種類だけ現代まで生きのびとってん。ほら、おまえの曾祖父さんさんが六年前死んだやんか」
「うん」
「そんで、本家俺が継いだから、遺言に従って四国のド真ん中の山奥のウチの家の山林まで行ってみてん。そんな山持っといてもしゃあ無いから売り飛ばそう思てな。それは知ってるやろ?」
「ああ、お父さんが遭難しかけたっちゅう山やろ?」
「そそ。そこにこの子の母親とこの子の姉の二人がおってん。生方家の代々かかって改良した最後にして最高傑作の人工品種が!」

こ〜んな感じかなぁ?
「その言い方はやめて!」
 突然リビングの扉が開いて小学校高学年くらいのやはり猫耳の少しキツそうな 目をした肩に少し髪がかかったセミロングの女の子が黄緑色のエプロンスカートを翻して現れた。
「私達は見せ物動物じゃないのよ!」
「おお、みずき。荷物の整理終わったんか?」
「う、うん。それと」
 父親からみずきと呼ばれた少女は少し言葉を途切らせてから
「それと、おとーさん。おとーさんの息子がこんなでっかい歳の男の子だなんてあたし、きーてないよ!」
「言わへんかったっけ?」
「待たんかい」
 幹人はいいかげん事態の推移がわからずに声をあげた。
「俺かて聞いてへんやんけ。お父さんが再婚しとったんも、謎の連れ子がおんのも」
「謎って何よ。謎って」
 キッとして幹人に鋭い眼光を送ったみずきの瞳は猫のそれよろしく縦目だった。
「出会いは唐突、邂逅は突然の方が面白いからな。そう思て黙っとってん」
 幹人とみずきは両の拳を握り締めながら脱力した眼差しで幹人にとっては父、みずきにとっては義父を見つめた。
「あらその子が幹人君なの?」
 台所の彼方から幹人にとっての第三の知らない人物が現れた。
 すらりとした体躯、一目で理知的で聡明な美人と見てとれた。歳の頃は三十代半ばくらいか。緩やかにウエーブがかかった髪を背中まで垂らしているしっとりとしたおちついた感じの女性だった。頭に猫耳がある事以外は。
「あ、おかーさん」
 さっきまでの気勢とはまるで違った間の抜けた声でみずきはその女性に振り返った。